皆様こんにちは。歴史漫画ファン歴11年の赤城です。
さて今回は、ちょっとぶっ飛んでる歴史漫画をご所望の皆様に、福山庸治先生の『マドモアゼル・モーツァルト』をご紹介いたします。全3巻なのでさらっと読めますよ!
はじめに
神童と呼ばれるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。生前に描かれたこの肖像画では、童顔でくっきりした目を輝かせ、口元は少しいたずらっぽくほころんでいます(中央左、赤い服の人物)。この漫画は、そんな彼が実は女性だったらどうなるかをコミカルかつシリアスに描いています。
女性が音楽家として認められない時代
物語は1760年のザルツブルクの夜から始まります。レオポルト・モーツァルトの次女、4歳のエリーザは、悪ふざけのつもりで即興のワルツを弾きました。それを聴いたレオポルトは彼女の音楽家としての類稀なる才能に気づき、ハサミを持って彼女に近づきます。なぜなら彼女の髪は音楽家になるには長過ぎたからです。
この時代、女性が作曲において男性と肩を並べることはまずありえませんでした。
同時代の女性作曲家の情報を調べても、高名な男性作曲家と比べると曲の数も知名度も段違い。比較的恵まれているのは、いずれもモーツァルトより後世の人物であるファニー・メンデルスゾーン(メンデルスゾーンの姉)とクララ・シューマン(ロベルト・シューマンの妻)でしょうか。(参考:女性作曲家の一覧 - Wikipedia)
原因は言うまでもなく、当時は男性優位の社会だったゆえ、女性に才能を開花させるだけの教育と立場が与えられなかったことです。加えて、後世における業績の誤認と散逸も女性作曲家が乏しいように見える要因かと。
こんな状況では、エリーザは男たちの影に埋もれてしまいます。
そこでレオポルトは思いました。彼女を「彼」に変え、その天才としての技量を十分に発揮させなければならないと。それが、エリーザという天才を神から授かった自分の使命であると。
レオポルトの決断は、いったいどのような結末をもたらすのでしょうか。
史実は気にしたら負け
この漫画では、モーツァルトの最後の10年、ウィーン時代の話が主として描かれます。しかし、史実にはあまり忠実ではありません(笑)。架空の18世紀、架空のウィーンの話として捉えた方が良いかもしれません。
まずモーツァルトの女性遍歴は全く語られません。まあそこはモーツァルトが女性になったから良いとして。
当時の社会情勢の描写もさほど詳しくはありません。貴族社会から市民社会への移り変わりや音楽家の立場の変化などの要素も盛り込まれてはいますがあまり重要ではないです。
そしてモーツァルトの作品の紹介もそこそこに、何に焦点が当てられているかといえば、彼女の存在が周囲に引き起こす愛憎劇。一見するとすごく胸焼けのしてきそうな話ですね。
でも不思議と面白いんです。流麗で大胆なコマ割り、台詞、構図にページを繰る指が止まりません。ノリも絵柄も少々古いですが、一時の時代性には揺るがされない魅力があります。
その要因は、まず何より福山先生の画力。それに、女性になってもまるで変わらない(むしろ進化している)モーツァルトの変人ぶり、天才ぶりにあるように思います。
口を開けば下ネタ満載で天才としてのプライドも高い。女性であることを隠してはいるけれども、負い目や後ろめたさ、さらには女性としての誇りなどという小うるさい煩悩を一切持たず、自由気ままに振舞う「マドモアゼル・モーツァルト」。男と女という二分法を超越したその姿はとても眩しく、頼もしいです。
サリエリが絶妙に気持ち悪い
ザルツブルクの運命の夜から20年余りが過ぎたある日、音楽の街ウィーンにて。今を時めく音楽家の「青年」ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、女性ファンに追い回されているのを助けてもらった拍子に作曲家アントニオ・サリエリと抱き合ってキスをするという大事故を起こしてしまいます。
そういう気はお互いに一切なかったんですよ、念のため! ラッキースケベにしてはレベル高すぎだろと言いたくなりますが。
モーツァルトは助けてくれたサリエリを父レオポルトの姿に重ね、尊敬の念を抱きます。
一方サリエリは家に帰ってから「なんて柔らかな体。それにあの華奢な手、唇の感触……」などと思い返します。そして、「私はホモじゃない」と必死で自分に言い聞かせながらも、無意識下で密かに彼への肉欲を募らせていくのです。
いやー、実に気持ち悪いですね~。
そう、このサリエリ、とんでもないエロオヤジです。モーツァルトの存在が彼を否応なしにエロオヤジにしたと言うのが正しいかもしれません。(※サリエリの名誉のためにお伝えしておくと、彼は史実ではとても立派な人です。)
『マドモアゼル・モーツァルト』の1/3くらいは、彼の肉欲にまみれた苦悩の描写に費やされます。それがあることで、モーツァルトの純粋無垢かつ破天荒な言動がより生き生きとして見えるのです。悲劇的なほどに。
ちなみに、「肉欲」だのなんだの出てくるのならピンク色の場面も多いのでは……と心配される方がいらっしゃるかもしれません。実を言うと掲載誌が青年漫画雑誌なためそのような場面は何回かあります。おまけにモーツァルトもわりと頻繁に胸や全身をさらけ出します。
ですが、エロ漫画のようないやらしい雰囲気はありません。あくまで物語にとって必要最低限の描写だけがなされている印象です。だからこそサリエリの気持ち悪さが引き立つのです(笑)。
ただし、さほど下劣ではないものの下ネタっぽいジョークは頻繁に登場します。苦手な方はご注意ください。
ハプニングだらけの結婚生活
モーツァルト、サリエリに並ぶ『マドモアゼル・モーツァルト』のもう1人の主要人物は、モーツァルトの結婚相手であるコンスタンツェ・ヴェーバー。彼女がいかにモーツァルトに振り回されるかも、この漫画の見どころです。モーツァルトはヴェーバー家の下宿に間借りしていて、コンスタンツェとは「大の仲良し」。しかし、彼女に対して純粋な親愛の情を抱いているモーツァルトとは裏腹に、コンスタンツェはモーツァルトを異性としてかなり好いています。また、コンスタンツェの母親もモーツァルトの資産目当てでモーツァルトにコンスタンツェとの結婚を迫ってきます。
そして、とある出来事がきっかけとなり、モーツァルトは彼女を伴侶として迎えることになりました。当然、その結婚生活には多大な困難が伴うことを承知で。
どんな困難があるかは見てのお楽しみですが、主に被害をこうむるのは当然コンスタンツェです。
それでもモーツァルトは彼女のことを誰よりも大事に思っていて、「彼」は「彼」なりにコンスタンツェのために最善を尽くす(かつそれが裏目に出る)。コンスタンツェの方も時に純粋で傷つきやすいモーツァルトを辛抱強く支え続けます。
ネタバレになるので詳述は控えますが、この2人の関係性は非常に面白いです。
終わりに
この他にも、父レオポルトをはじめ数々の実在の人物を迎え、物語はさながら一幕のミュージカルのようにめまぐるしく展開します。あまり有名でないのが実に残念です。歴史系の漫画としては隠れた良作だと思います。この漫画を原作にした音楽座のミュージカルの方が有名みたいですね。これもいつか観に行ってみようかな。
全3巻で電子書籍にもなっていて大変お手頃なので、歴史上の人物の性転換ものが好きな方、クラシックのちょっと変わった話を読みたいという方にオススメです!
『クラシカロイド』紹介記事:
『クラシカロイド』第1シリーズ感想記事:
・1話~9話
・10話~18話
・19話~25話
・キャラクターと好きな曲
『クラシカロイド』第2シリーズ記事:
1話 / 2話 / 3話 / 4話 / 5話 / 6話 / 7話 / 8話 / 9話 / 10話 / 11話 / 12話 / 13話 / 14話 / 15話 / 16話 / 17話 / 18話 / 19話 / 20話 / 21話 / 22話 / 23話 / 24話 / 25話