星を匿す雲

主にTVゲーム、漫画、小説、史跡巡りの感想を書いているブログです。基本的に【ネタバレあり】ですのでご注意ください。

【レビュー】修道女フィデルマ『蜘蛛の巣』【時代ミステリ】

皆様こんにちは。赤城です。

ピーター・トレメイン(Peter Tremayne)作・甲斐萬里江訳の時代ミステリである「修道女フィデルマ」シリーズ、およびそのシリーズ邦訳1作目の『蜘蛛の巣』についてネタバレなしで紹介・感想を書きます。時代ミステリについてもはじめに簡単に説明しております。




時代ミステリとは

はじめに、そもそも時代ミステリとは? という方向けに、時代ミステリの概要と魅力について簡単に書きました。

テメエの講釈なんざ聞きたくねえぜ! という方は飛ばしてください



概要

時代ミステリとは、過去の時代の人物が殺人事件等の解決に挑む作品のことをいいます(参考:推理小説 - Wikipedia)。

日本だと『半七捕物帳』が有名みたいですね。私は柳広司先生の単発の作品が好きです。

海外だと、「修道士カドフェル」シリーズ「密偵ファルコ」シリーズ、そしてこの「修道女フィデル」シリーズがよく知られているようです。私は「修道士カドフェル」シリーズも半分くらい読んでいますので、おいおい記事を書いていこうと思っています。


この類の小説は「歴史ミステリ」とも呼ばれていますが、「歴史ミステリ」には現代に生きる人間が歴史上の謎を突き止める『時の娘』や『邪馬台国はどこですか?』のような作品も含まれてしまうため、この記事では「時代ミステリ」としております。



魅力

この項では時代ミステリの魅力を説明いたします。万人向けの魅力というより、私個人の考える魅力になっていますがご承知おきください。


歴史とミステリ、両方好きな人はハマる確率大

大前提として、私は歴史が好きです。と同時に、小説のジャンルとしてはミステリとSFが好きです。ゆえに、そもそも時代ミステリや歴史ミステリとはかなり相性の良い人間であるといえます。

同じような傾向のある方は、ぜひぜひ時代ミステリ・歴史ミステリを読んでみてくださいね! きっとハマりますよ!


その時代の文化・民俗を活写している

さて、歴史好きな私にとって、時代ミステリは第一に、当時の生活や制度、風景などが事細かに描写されているところが魅力です。他の歴史物の小説や漫画にも同じことが言えますが、読んでいるとまるで自分もその時代のその場所にタイムスリップしたかのような心持ちになれますから。

史跡に佇んで「おぉ……ここが昔○○の戦があったところ……ロマンあるわぁ」などと感傷に浸るのが趣味の私にとって、布団に寝転がりながら昔の出来事を追体験できる時代ミステリは最高の娯楽です。


探偵たちが不平等・不寛容を斬る

第二に、理性的な探偵役たちが、身分の差や価値観の違いを超えて公平な推理を披露してくれるのも大きな魅力です。

現代のように平等な法制度ができる以前の人々は、「何かにつけてとにかく殺す」「身分の低い者の訴えなど聞き届けない」みたいなイメージを持たれがちですし、実際そのような傾向が強いことは否定できません。しかし、少なくとも時代ミステリにおいては、厳罰主義、身分差別に飛びつこうとする人々に対し、主人公やその味方が歯止めをかけてくれます。大いに溜飲が下がりますね。


以上の2点を、とりあえず時代ミステリの魅力として挙げさせていただきます。まだまだ言葉にならない「ここがいいんだよッ!」というのが大量にありますので、思いつき次第発信していきたいです。




「修道女フィデルマ」シリーズ紹介

続いて、「修道女フィデルマ」シリーズの時代設定と主人公について説明します。

『蜘蛛の巣』の紹介だけ読みたい方は飛ばしてください



7世紀後半のアイルランドの物語

「修道女フィデルマ」シリーズは、7世紀後半のアイルランドが主な舞台として描かれています。

7世紀のアイルランドって、何がどうなっているか想像できますか? 私はこのシリーズを読むまで全く何もイメージが湧きませんでした。そもそも歴史もよく知らなくて、「まだドルイド教が主流で、人身御供とかやってたんだろう」くらいの認識しかありませんでした。

「修道女フィデルマ」シリーズを読むと、そのような認識は大きく覆されます。


アイルランド教会派が主流のキリスト教

実際には、アイルランドは5世紀半ば頃からキリスト教されていました。そしてフィデルマシリーズの舞台である7世紀後半は、アイルランド流に教典を解釈する「アイルランド教会派」のキリスト教が主流で、「ローマ教会派」としのぎを削っていました。

アイルランド教会派とローマ教会派の相違点は多数ありますが、私が最も驚いたのは、聖職者の結婚が禁じられていないところです。だから後述のようにフィデルマの淡い恋心も違和感なく物語に組み込めるわけです。


高度に洗練された法制度

また、「ブレホン法」と呼ばれる独自の法制度についても、同時代はおろか、かなり後の時代と比べても頭一つ抜けています。具体的に例を挙げると、男女差別がほぼなかったり、障がい者差別を厳しく禁じていたり、むやみやたらと死刑にしなかったり等。

あくまで法の上で定められているのであって、現実には守らない人々もいるのですけれども。修道士カドフェルシリーズや、他多数の歴史漫画を愛読している私としては、古代アイルランドの人たちを少し羨ましく思いました。


作者はアイルランドの歴史文化の研究者

え、でもそんなん作者がテキトーに書いてるだけでは? と思われた方もいらっしゃるでしょうか。

ご安心ください。作者のトレメイン先生は、本名はピーター・ベレスフォード・エリスといって、アイルランドの歴史文化の研究者です。フィデルマシリーズは、彼が研究の成果を生かして書いているのです。したがって、全幅の信頼を置いて古代アイルランドの調べに身を委ねていただいて大丈夫です。


訳注が充実している

さらに、これは邦訳だけの嬉しい特典ですが、訳者の甲斐先生の痒いところに手が届く訳注が付いています。そのため、わざわざスマホや辞書を引っ張り出さなくても作中の用語の意味を理解することができ、おまけに古代アイルランドについてちょっと詳しくなれちゃいます。



主人公は王妹で修道女で裁判官

主人公のフィデルマは、古代アイルランドの諸王国の中で最も強大な王国、モアン王国の王の妹で、キリスト教に深く通じた修道女でもあります。

さらに特徴的なのは、高位の裁判官でもあるところ。先述の通り、古代アイルランドにはほぼ男女差別がなく、女性も高い社会的地位に就くことができました。

彼女は、探偵役を務めるにふさわしく正義感が強く、鋭い観察眼を持っていて、護身術にも長けています。一方で感情に振り回されがちなところや、若干プライドの高いところもありますが、それも彼女の魅力であり、彼女の推理を大いに助けているといっていいでしょう。

慈悲深く、かつ厳格に正義を執行していく彼女の姿に、心地良さを覚えずにはいられません。

もちろん恋愛もちゃんとします(笑)。彼女のワトソン役を務めることの多いサクソン人のエイダルフ修道士とは、なんとなくいい感じの雰囲気です。といっても、本題から逸れてロマンスが始まることはなさそうで安心しています(私はまだこの巻しか読んでいないので断言はできませんが)。




『蜘蛛の巣』ネタバレなし紹介

最後に、『蜘蛛の巣』のあらすじと見どころ、注意点をご紹介します。



あらすじ

666年5月。モアン王国の属国のひとつ、アラグリンで、族長殺しの事件が起きます。

族長の妻に殺人犯の裁判を依頼されてアラグリンにやってきたフィデルマ。彼女は裁判の前に、殺人犯の告発が本当に正しいか確認しようと考えていました。しかし、族長の館の人々はそんな彼女を冷遇します。彼女を招いた一族の妻でさえ、「犯人は決まっているのだから、さっさと裁いて終わらせろ」とでも言いたげな態度です。

さらに、殺人犯として捕らえられた青年モーエンに対面してみると、彼は生まれつき盲目で耳も聞こえない様子。それでも長年の習慣により館の中を動き回ることはできるから、彼が犯人に違いないと口を揃える人々に、フィデルマは釈然としないものを感じます。彼女は相棒のエイダルフ修道士とともに、真実を確かめるために奔走します。



見どころ

私が特に面白いと思ったのは、障がいをもつ青年モーエンの描写です。目が見えず、耳も聞こえず、話すこともできず、館の人々から忌み嫌われている彼ですが、読者はある出来事をきっかけに大きく印象を変えるでしょう。



注意点

少し注意していただきたいのが、『蜘蛛の巣』は、邦訳されたのは一番最初ですが、「修道女フィデルマ」シリーズの長編としては5作目にあたることです。

シリーズ一覧についてはWikipediaの記事をご参照ください。ちなみに、短編を含めると11作目にあたります。


訳者の後書きによると、この巻からが一番入りやすいからあえて最初に翻訳したとのこと。

でも、普通に考えたら、1作目から読んだ方が分かりやすいと思うのです。1作目は一般的には、主要登場人物の人物像やその時代の生活・制度について他よりも詳しく説明してくれますから。もしさほど説明がなくても、それこそ訳注を付けてもらえればどうにかなるというもの。

そのうえ、5作目ともなると、どこに前作までのネタバレが入っているか分かりません。実際、私は訳注ですごいネタバレをかまされて絶望しました。具体的に言うと第16章の4番の訳注です。『蜘蛛の巣』から読み始める方は、その訳注だけは読まないことを強くオススメします。


なんだかんだ言っても、邦訳はこの作品が最初ですし、出血大サービスな訳注もあるのでこの作品から読み始めても問題ないと思います。しかし、大事なことなのでもう一度言うと、この作品から読むのなら第16章の4番の訳注は読まない方がいいです。

また、もし原書を読むのであれば、長編1作目の"Absolution By Murder"を一番最初に読まれた方がよいかもしれません。






最後までお読みくださり、ありがとうございました!

邦訳2作目の『幼き子らよ、我がもとへ』のレビューと感想は以下の記事に書きました。