星を匿す雲

主にTVゲーム、漫画、小説、史跡巡りの感想を書いているブログです。基本的に【ネタバレあり】ですのでご注意ください。

【レビュー・感想】テキスト9:空前絶後の置いてけぼり感!あなたはトーラーに辿り着けるか?

皆様こんにちは。赤城です。

小野寺整作のSF小説『テキスト9』について紹介と感想を書きました。

前半はネタバレなしレビュー後半はネタバレしている感想になっております。ご注意ください。




ネタバレなしレビュー

はじめに本書の概要と魅力、および読む上での注意点についてお伝えします。



9割は意味不明

はっきり言って、本書の9割は意味不明と言わざるを得ない。残りの1割も私がどうにか状況を把握したと思っているだけで、全くもって見当違いの解釈をしている可能性が高い。まるで、理解できもしない高等数学のテキストを読んでいるような気分だった。

本書を読了された頭脳明晰な読者諸氏においては本書の言わんとしているところが全て理解できていて、こんな間抜けなレビューを書いている私に憤怒しているであろうが、まあ落ち着いて聞いてほしい。これは批判ではない、むしろ褒め言葉なのだ。私は、不可解を不可解のままにして、その上に新しい不可解を積む物語が大好きだ。だから本書もそのような物語の一種として楽しめた。



全ては翻訳された後

本書で語られる物語は、現実世界とは文化も植生も物理原則も異なる世界で展開されている。その異世界を私たちが認識できるようにするにはどうすればいい? ずばり、「翻訳」をすればよい。

本書はその異世界の物語を日本語に翻訳した書籍、ということになる。しかし英語や中国語を日本語に翻訳するのとは勝手が異なる。作中の登場人物曰く、極端な相対翻訳を行っているのである。例えば、物語の主人公となる種族が私たち人間とは似ても似つかぬ生物だとしても、彼らをあえて「人間」として描写する。それ以外の生物は、「人間」として描かれる種族の外観との相対的な距離や特徴的な生態からイメージして、現実世界の生物に見立てて描写していく、という具合に。

さらに、翻訳が行われるのは本書の世界と私たちの現実世界の間だけではない。作中の登場人物同士も異なる言語を用いているので翻訳機を使って会話する。また後述する通り、本書の主人公は自分のいる世界からもうひとつ別の世界へ行くことになるが、当然元の世界とは何から何まで異なるので、またもや「極端な相対翻訳」を行わなければならない。

とある言語を別の言語へと、完璧に、全く同じニュアンスを醸し出すまでに翻訳するのは不可能だと言われている。英語の"Hi!"という至極単純な一言さえ、日本語に完全に翻訳することはできない。「やあ!」にしても「よぉ!」にしても「こんちは」にしても、微妙にニュアンスがずれてしまう。同じ現実世界のごく単純な一言でさえそんな具合なのだから、何重にもわたる「翻訳」を行ってできあがった本書の長大な物語は、ニュアンスがずれるどころか理解不能、もっと悪ければ本来とは真逆の意味を持つ物語に仕上がっているかもしれない。

これにより、本書の読者は最初から最後まで、この物語の本当の姿がてんで見定められず、空前絶後の置いてけぼり感(褒め言葉)を味わうことができる。もちろん、元の世界でのこの物語はごく自然な形で存在していたはずなので、賢明なる読者各位は本書に隠された論理構造を見極め、いくつかの仮説を立て、この物語の本当の姿を予測する、という楽しみ方もできるだろう。どうぞご自由に。

ちなみに、本書は「翻訳」の都合で、ところどころに訳者のメモ書きのようなものが紛れ込んでいたり、明らかに物語の雰囲気にそぐわない奇妙な慣用句が使われていたりして、地味に笑える。したがって、翻訳を趣味や仕事にしていてそういった類の誤りに馴染みが深い人、あるいは外国製の商品の奇妙な日本語が好きな人に大変オススメである。



「トーラー」を探せ

さて、本書冒頭で、読者である私たちにはある使命が課せられる。それは、「オーウェル式ジェネレーター」によって作られた物語の中での「トーラー」の探索である。

オーウェル式ジェネレーター」とは、ジョージ・オーウェルの超有名なディストピア小説1984年』に出てくる、大衆受けの良い安っぽい物語を無限に作成する機械を指していると思われる。

「トーラー」とは何かって? それは読み進めればなんとなく分かるかもしれないし、分からないかもしれない。とにかく、このトーラーってやつがなんなのかは基本的に誰もまともに説明してくれないが、まあそんなに気にしなくて大丈夫だ。


トーラーを探す私たちの先導役、つまり、この物語の主人公は「カレン」という美しい女性だ。本当に「美しい」のか、本当に「女性」なのかはさて置き、彼女は育ての親である物理学者サローベンに頼まれて、地球に本拠地を構える謎の超権力組織「ムスビメ」のもとへ赴く。彼女はムスビメから、オーウェル式ジェネレーター(物語の中にさらに別に存在している)を盗んだとある女を追って、ジェネレーターによって生み出された異世界「タヴ」に潜入してほしいと依頼される。ムスビメ曰く、その女がジェネレーターを盗んだせいでカレンたちの住む世界が危機に瀕しているらしい。果たして、カレンは自らの常識の通じない見知らぬ異世界で、その罪人の居場所を突き止めることができるのだろうか? またその過程で、私たち読者はトーラーのなんたるかに気づけるのだろうか?

本書のあらすじは以上の通り。メインディッシュはトーラー探索と異世界潜入である。しかし実のところ、この物語はしばしば脱線し、SF的なロマンとグロテスクとホラーを山盛りにして口の中いっぱいに詰め込んでくる。ハイパースペース・ドライブだのスタッシュだの肛門徽章だのディスタント・ブラザーだの、興味深い世界設定が怒涛のように押し寄せるのだ。しかもそれらの要素はメインディッシュと全く関係ないかと思いきや意外に繋がっていたことが読み終えてみるときっとなんとなく分かる。



主人公セックスしすぎ問題

そもそもがオーウェル式ジェネレーターによって作成されたせいで、本書の上っ面の雰囲気は極めてチープだ。具体的に言うと、カレンがめちゃくちゃセックスする。お前はどこのC級スパイ映画から抜け出してきたのだと言いたくなるくらい男どもといちゃつく。

この点は読者諸氏の間でも意見の分かれるところのようである。個人的には「チープな物語量産機で作成された」ことが念頭にあるので、ギャグとして大変楽しめた。

しかし、チープな話があまり好きでない人も、食わず嫌いをせずに「おお、これがあのオーウェル式ジェネレーターで作られた物語か!」といったようなノリで読み進めれば、やがてそのチープで騒々しい表皮の一枚下に得体の知れない何かが潜んでいることに気づけるだろう。ぜひ諦めずに読んでみてください。



たったひとつ覚えておいてほしいこと

最後に、ここまでの戯れ言は全部忘れてしまって一向に構わないので、これから述べることだけはよく覚えておいてほしい。

本書は電子書籍でも販売されているが、紙の本で読んだ方がいい。そうでないと高確率で後悔することになる。これは、9割が意味不明な本書から私が導き出した数少ない真理の1つだ。







読んだことのある方は、よろしければこの後のネタバレあり感想も覗いていってください!
































※この下からネタバレあり感想が始まります。未読の方はご注意ください。





























ネタバレあり感想

感想と銘打っておきながらまるで感想の体をなしていないんじゃないかと思わなくもないが、とりあえず感想です。私はいかにも尤もらしいことを並べ立てているだけなので、もしもっとそれっぽい解釈ができた方は教えてください。


  • 肛門徽章
    出てきたとき声を上げて笑ってしまいました。でも「肛門」と言い表されている根拠がいかにもSFっぽくしっかり説明されているのがまた面白い。


  • 恐妻家のファインベン先生
    紛れもなくギャグ要員ですね。好きです。途中からどこに行っちゃったんだろ?


  • リンジー氏
    ムスビメのことをまるで理解できず茶化す様子に並々ならぬ親近感を覚えました。


  • 循環、相似する世界
    そもそもカレンの放り込まれた世界自体(仮にAとする)がオーウェル式ジェネレーターで作成されたもののはずだけど、Aの中でさらにオーウェル式ジェネレーターによって異世界タヴが作られて、さらにタヴの遥か未来にAが位置していて、つまりこの2つの世界の関係性ってどうなってるんでしょう? 入れ子になっているのか、循環しているのか、ぐちゃぐちゃに絡まっているのか? 数学とか得意な人だとうまく言い表せそうですね。ここが理解できるとディスタント・ブラザーの解釈もだいぶはっきりとできそうな気がしないでもない。

    あと、カレンとアシュレイがセックスしてる場面と、謎の女=カレンがグッドマン艦長を脅して没素を保護しているガラスを割らせる場面の台詞が大変よく似ていましたね。実は全く同じ場面なのか、それとも翻訳のせいで実際には全く別のことを言っているのに同じようなことを言っているように見えているのか、どちらなのでしょうか?


  • つまりサローベン=ヨヒ=ワッカ=リンジー=サロエ=読者=カレン=トーラーってことでOK?
    ムスビメの使者が言っていた通り、みんながひとつになりたがっていたから、とうとうひとつになってしまったということでしょうか。それともはじめから全てはひとつだったのでしょうか。たぶん真実はその両方であってどちらでもないのでしょう。


  • 愛の物語なのか、ホラーなのか
    サローベンと読者(私)がひとつになってトーラーに到達するまではテーマは「愛」なのだとわりと明確に感じていました。でもその後のエピローグ的なの(フロストの詩)が本当に意味不明で何も分からなくなりました。いきなりホラーになったよね。


  • ガタガタ御託を並べたけど一言で言うと
    めっっっちゃくちゃ面白かったです。この作者さん、また似たテイストの小説書いてくれないかな~。