星を匿す雲

主にTVゲーム、漫画、小説、史跡巡りの感想を書いているブログです。基本的に【ネタバレあり】ですのでご注意ください。

【レビュー・感想】知財×サスペンス!『ブルーベリー作戦成功す』

少し前に自分の周りで話題になっていたので、気になって読んでみました。


製薬業界の世界的大手・バンハイム社と熾烈な特許戦争を繰り広げる、日本の中堅製薬会社・青野薬品工業。

ある日バンハイム社から特許取得を理由に、青野薬品工業は主力商品の販売停止と多額の損害賠償を迫られる。要求を拒否するには、バンハイム社の発明の「プライヤー・アート」をなんとしても探し出し、特許を無効にしなければならない。

そこで、青野薬品はイチかバチか、研究員の藤城誠にとある作戦の決行を命じる。その名も「ブルーベリー作戦」。藤城の孤独な闘いが始まった――。


知財業界の人なら思わずテンションが高くなりそうな筋書きですよね! かく言う私も業界人の端くれなので、大いに楽しませてもらいました。

結論から言うと、特許は話の本質にそこまで関係ないけど、ぐいぐい読めて最後はアッと驚きました。少し変わったサスペンスを読んでみたい方にお薦めの作品です。


この記事では、前半でネタバレなしの紹介、後半でネタバレありの感想を書いています。




ネタバレなし紹介

まずはネタバレなしで本書の内容をご紹介いたします。



あらすじ

物語は、ドイツの巨大製薬会社であるバンハイム社からの「警告書」と、それに対する青野薬品工業からの「回答書」のやり取りで始まります。

バンハイム社は、青野薬品工業が日本で販売している抗生物質の製造方法は、近い将来自社が特許権※1を取得する。すると青野薬品はわが社の特許権を侵害していることになるので、販売を停止しなければ賠償金を要求する。……と、警告してきたのです。


事の起こりは、バンハイム社がとある抗生物質を日本に特許出願している間に、青野薬品がこの抗生物質に別の名前を付けて販売し始めたことでした。

さらに青野薬品は、いざバンハイム社の特許が認められそうになると、プライヤー・アート※2を探し出してきて、いったんは認められた特許権を無効にしてしまいました。

ちなみに青野薬品はバンハイム社の発明をパクったわけではなく、同じ分野で開発競争をしているとどうしても内容が丸被りしてしまうらしいです。


バンハイム社は怒り心頭で、プライヤー・アートの効力をなくす新たな証拠を見つけてきました。これによって、バンハイム社の出願は正当性を取り戻し、特許権の取得と訴訟に向けた動きが粛々と進むことになります。


しかし、青野薬品も退く気はありません。どうせおとなしく販売停止しても、出願期間中に販売した分と、それによってバンハイム社に将来的に生じるであろう不利益については賠償請求され、会社が倒産してしまいそうなくらいすさまじい額になるのです。

「販売停止なんてしないもんね。あんたらの出願は特許になんてならないんだから!」と回答し、どうにか特許を再び無効にしてやろうと奔走することとなりました。


※1:発明者に与えられる、一定期間(20年間)発明の実施権を独占する権利。
※2:先行技術、公知技術。当該特許を出願する以前に公の場でその発明が発表されていれば、特許権は得られない。


読みやすい文章

気になる文章力の方は、さすが現役の弁理士といったところ。飛び抜けて芸術的といえる描写はないけれども、全編を通じて非常に読みやすいです。

そのおかげで先の展開が気になり、最後までワクワクしながら読み進めることができました。そして明らかになる真実には、「まさか!」と呟いてしまいました。



留意点と今後への期待

一方、注意していただきたいのは、あまりすっきりした終わり方ではないということです。テンションが低いときに読むのには向いていないかもしれません。


それから、中盤以降の展開には特許はほとんど絡んできません。これは個人的にかなり残念でした。

しかし、今まで知財業界について描いた小説などほとんどなかったので、特許用語が出てくるだけでも大興奮でした。まずはこの業界を舞台に長編サスペンスを書き上げた作者に大きな拍手を送りたいです。

もしまた小説を書きたくなったら、今度は是非弁理士知財部員を主人公にして、本格的な特許戦争を描いてもらいたいです。知財業界の隅っこでその日を心待ちにしています。




以上の通り、本作は知財業界を舞台にした手に汗握るサスペンスです。一風変わった作品を読みたい方にオススメです。

読んだことのある方は、よろしければこの後のネタバレあり感想も覗いていってください!

































※この下からネタバレあり感想が始まります。未読の方はご注意ください。





























ネタバレあり感想

最後に、ネタバレあり感想をお伝えします。致命的なネタバレがあるのでご注意ください。


  • 藤城は産業スパイに向いてない(笑)
    藤城って頭が良いかと思いきや意外と間が抜けてるところがちらほらありますよね。

    あと、退職してからホントにダメ人間になりかけているのも、なかなかの低精神力だなあと感じました。だからこそ自分に似てると思えて感情移入できたわけですが。

    最後まで読むと、斉藤は藤城のそういう面を熟知していたから彼を選んだのだろうと推察できます。おぬしもワルよのう。私は藤城と一緒になんとも言えない気持ちになりました。


  • 警察が無能
    クトゥルフ神話の世界なのかと思うくらい警察が役立たずでしたね。もっとちゃんと捜査しろや。それともよほど斉藤のやり方が巧かったのか。まあフィクションなのでそこまで気にはならないです。


  • げに恐ろしきは斉藤のおっさんかな
    バンハイム社を出し抜いてセファドチンを販売し始めた時点で、斉藤は、いずれバンハイム社が特許を取って青野薬品を訴えにかかることを確信していたのでしょうね。だからこそ数年前からせっせと封筒の用意なんてできたのでしょう。

    そして誰かを事故死に見せかけて殺害し、誰かにアードラーの存在を信じ込ませることまでも、すでに計画済みだったのだろうと思います。不幸にも白羽の矢が立ったのが奈緒美と藤城だったというわけですね。もしかしたら彼らにその役をあてることも決まっていたのかもしれません。

    しかも、藤城は土壇場で封筒の細工に気づかなければ、なんかバレちゃったけど結果オーライじゃん!ってなって普通に日本に帰って普通に斉藤と仲良くしていたと思う。もうめっちゃ怖い。

    そりゃ会社を乗っ取られてしまうのは嫌ですけどねえ。奈緒美の件は完全に犯罪じゃないですか。バレたらどうするつもりだったんだ。えらい人の考えることはよく分からない。

    とにかく、藤城の将来に一切光明が見えない終わり方でした。どんな顔して日本に戻ったらええんや。あ、まだ斉藤には藤城がトリックに気づいたことはバレていないから、油断させておいて寝首を掻くなんてことも……いや、絶対無理ですね。だって藤城さんだもの。


    総じて、いくつかツッコミどころはあったけどとても楽しめた一冊でした! 知財関連の小説がもっと増えるといいなあ~。