皆様こんにちは。赤城です。
ピーター・トレメイン(Peter Tremayne)作・甲斐萬里江訳の時代ミステリである「修道女フィデルマ」シリーズ邦訳6作目の『翳深き谷』についてレビューと感想を書きました。
前半はネタバレなしレビュー、後半はがっつりネタバレしている感想になっております。ご注意ください。
初めに:「修道女フィデルマ」シリーズについて
まずは「修道女フィデルマ」シリーズの時代設定と主人公について簡単に説明します。『翳深き谷』の紹介だけ読みたい方は飛ばしてください。
7世紀後半のアイルランドの物語
「修道女フィデルマ」シリーズは、7世紀後半のアイルランドを主とするヨーロッパが舞台の時代ミステリです。当時のアイルランドはほぼキリスト教化されていました。キリスト教の教えを厳格に守るローマ・カトリック派と、土着の慣習との融和を大切にするアイルランド教会派の対立を内包しながらも、教会と聖職者は人々の生活の支えとなっていました。
また、独自の法制度も持っていました。男女差別や障がい者差別を禁じたり、死刑が存在しなかったりと、現代の私たちから見ても遜色のない洗練された制度でした。
主人公は王妹で修道女で裁判官
主人公のフィデルマは、古代アイルランドの諸王国の中で最も強大な王国、モアン王国の王の妹で、キリスト教に深く通じた修道女で、さらに、高位の裁判官(ブレホン)でもあります。フィデルマは、あるときは訪問先で偶然事件に出くわし、またあるときは依頼されて事件の調査に赴きます。若さと慈悲深さゆえの激情に時折翻弄されながらも、長年の修練により身に付けた観察力と思考力でもって事件を解決へと導くことになります。
もっと詳しく知りたい方は、『蜘蛛の巣』のレビュー記事をご覧ください!
『翳深き谷』ネタバレなしレビュー
次に、『翳深き谷』のあらすじと見どころをご紹介します。ネタバレあり感想だけ読みたいぜ! という方はこちらへどうぞ。
あらすじ
666年7月。フィデルマは友人のローマ・カトリック派修道士エイダルフとともに、グレン・ゲイシュと呼ばれるモアン王国の領地のひとつを訪れました。グレン・ゲイシュの族長ラズラがキリスト教の学問所の開設について折衝したいと国王に願い出たため、兄王の要請で彼女が使者として派遣されることになったのです。当地は多くの人が未だドゥルイド教を信じる異教の地。キリスト教徒である自分たちが危険に晒されはしないかと心配するエイダルフの傍ら、フィデルマはあくまで冷静でした。しかしそんな彼らの前に、33人の若者の痛ましい亡骸が不気味なほど整然と並べられた形で現れます。それは、かつてドゥルイド教が一時期行っていた生贄の儀式を思わせるものでした。
取り急ぎ族長との会合を優先させて2人はその現場を後にします。谷に囲まれた難攻不落の隠れ里グレン・ゲイシュに辿り着いた彼らはさまざまな人々と巡り合います。キリスト教徒である彼らを歓迎しているとはいえない族長一族、頑迷なドゥルイド教の賢者であり当地の裁判官でもある老人ムルガル、そしてアイルランド五王国のひとつウラー王国から視察のためにやって来たローマ・カトリック派の修道士2名など。
フィデルマは早速、学問所の開設についての折衝を試みます。ところが、折衝は遅々として進まず、フィデルマはそれにより不当な非難を浴びせられます。谷の外の若者たちの亡骸のことも考え合わせ、何者かの陰謀に巻き込まれつつあることを彼女は直感しました。その矢先、彼女はかつてない危機に陥ることになります。
見どころ
本作の見どころはエイダルフ修道士が大活躍することであると断言してよいでしょう。そう、これまでは常にフィデルマのワトソン役で、彼女より何か優れた能力があるかと問われると全くそんなことはなく、あくまで彼女の精神的支柱に徹していた彼が、です!具体的にどう活躍するかは伏せますが、フィデルマxエイダルフ推しの皆様にはぜひ舐めるように味わっていただきたいです。この先、彼がこれ以上に活躍する話なんてあるのかな~(笑)。まあ、今後も諦めずに期待しておきましょう。
無論、本作はエイダルフの活躍ぶりを描いただけで終わるわけではありません。
いつも通り、古代アイルランドの洗練された部分も泥臭い部分もじっくり描かれています。事件は想定外にスケールの大きな方向へと進み、最後にフィデルマの華麗なる推理をたっぷりと拝むこともできます。
さらに、フィデルマ以外の裁判官、しかもドゥルイド教の賢者としての称号も併せ持つ裁判官ムルガルが登場することも注目すべきポイントです。彼とフィデルマが宗教や考え方の違いを乗り越えてどのように戦い、どのように交流するかを眺めるのが楽しいです。
読んだことのある方は、よろしければこの後のネタバレあり感想も覗いていってください!
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※この下からネタバレあり感想が始まります。未読の方はご注意ください。
ネタバレあり感想
最後に、ネタバレあり感想をお伝えします。致命的なネタバレがありますのでご注意ください。- フィデルマさんが敵を作りすぎな件
フィデルマは結構キツい性格なので、かねてから敵を作りすぎなきらいがあると思っていましたが、今作はそれが特に顕著。もうラー(族長の館)の中の人ほぼ全員を敵に回している。最後の犯人当ての場面の序盤とか雰囲気がヤベェ。フィデルマ、お前のメンタルダイアモンドかよって感じ。私だったらソリン殺害の下手人扱いされてみんなから侮蔑の目を向けられた時点で胃に穴が開いて死んじゃう。まあでも探偵ってのはその過程で人にどんなに恨まれても真実を明らかにする使命を持っているわけなので、それに耐えうるメンタルか、何があっても絶対に味方であり続けてくれる存在(フィデルマにとってはエイダルフや兄王)が必要なんですよね。フィデルマはどちらも持っているので強キャラ。ぜひそのままこの時代を駆け抜けていってほしい。エイダルフを死なせるとか絶対なしで頼みますよ!!(懇願) 安易な主要キャラの死は何も生まない、これ常識。
- 裏の裏をかかれた叙述トリック
序盤のアレ、チキショー騙された!(喜) って思った人も多かったはず。私も騙されました、完全にあの女性はオーラ、と見せかけてエスナッドだと思っていました。ずっとエスナッドとその恋人っぽいラドガルの尻尾を掴もうと躍起になってたよ。「ハート型の顔」とか書いてあるし(オーラの顔立ちも全く同じように表現されていた)、マルガがあの2人と雰囲気が似ているって話も全く出てこないものだから。共通点は美人であることだけ……ちょっと厳しいです、ハイ。
こりゃ漫画やドラマにすることはできませんね。最近一部界隈で話題の某作品のアレも、う~~~んそれで果たして誤魔化せてるのかな!?!? って感じだったし。
- 完全にノーマークだった陰謀の首謀者&殺人事件の真犯人
いや、まあ一瞬考えたけどね、オーラと顔そっくりなのってラズラじゃんって。でも序盤の馬に乗った女性のイメージが脳裏にこびりついていたので、さすがに彼が女性に見えることはないだろうと思ったんだよね。見事なミスリードでした。脱帽しました。クリーインも諸々のやり取りからマルガの母親だとは気づいてたけどまさか殺人を犯すとは思いませんでした。母の愛は時に恐ろしい。
彼らの態度がソリン殺害の前後で180度変わっていることについて、昨日までこのラーの住人にしては珍しくフィデルマにまともな感情を向けてくれる貴重な人材ナンバー1、2だったのに、2人ともひどくない? これだから閉鎖された山里に暮らす人間は……(偏見)と若干苛立ちを覚えていたのですが、なるほど首謀者と真犯人とあってはツンケンせざるをえませんな。フィデルマはいわば自分たちの罪を暴いてしまう可能性のある敵ですもんね。
- メイル・ドゥーインの陰謀
私、高度な知能戦を理解するのがすごく苦手でして、大学でクヨクヨ悩んでる暇があったら軍事学や政治学でも学んでおいた方がよかったな~とフィクションでこのような展開に出会うたびに後悔します。今回も後悔しました。言ってる意味はまあたぶんおおよそおおまかには分かりましたけど、なぜそんな回りくどいことをせずに物理で殴らないのかと思っちゃうんですよ。物理で殴れねぇから頭使ってんだろって話ですよね。私のうざったい自分語りはともかく、このメイル・ドゥーインの厄介な野望が今後の本シリーズにどんな影響を及ぼすかが楽しみです。カドフェルシリーズもモードとスティーヴンの王位継承権争いがかなり深く関わっていましたからね。あ、私、フィデルマシリーズはカドフェルシリーズの時空を超えたライバルだと勝手に思ってますのでよろしくです。
- ラズラの死体が転がっている広間で談笑する登場人物たちはさすがに可笑しい
フィデルマシリーズは古代アイルランドのダイマとトリックをメインにしたシリーズなので(と私は思っています)、登場人物の心情描写や現実感の有無に関しては若干首を傾げざるをえないときがあります。大部分はさらっと流せるレベルですが、今回のラストにはちょっと笑いながらツッコミを入れちゃいました。「いや、死体ww ラズラさんの死体片づけたげてーwww」って。もう何かスルーされすぎてて、フィデルマとオーラが談笑してる場面あたりでは実は既に片づけられているのかなと思ったけど、そうではなくて片づけようとしている最中だったことがその後の描写で判明。オーラもコーラもムルガルもさ、長い間信頼し合って一緒に頑張ってきた相手なんだから死体に縋るとか、死体が広間を出ていくまでは見守るとかしたらどうなんだろ。昔の人って淡白なんだな~(鼻ホジ)。
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