星を匿す雲

主にTVゲーム、漫画、小説、史跡巡りの感想を書いているブログです。基本的に【ネタバレあり】ですのでご注意ください。

【レビュー・感想】地上最後の刑事

皆様こんにちは。赤城です。

ベン・H・ウィンターズ(Ben H. Winters)作・上野 元美訳の推理小説『地上最後の刑事』について紹介と感想を書きました。

前半はネタバレなしレビュー後半はネタバレあり感想となっていますのでご注意ください。




ネタバレなしレビュー

はじめに、ネタバレなしレビューをお伝えします。



あらすじ

半年後、地球に小惑星が衝突し、人類は滅亡する。

はじめはほんのわずかな確率に過ぎなかった。ところが徐々に近づいてくる小惑星の観測と軌道の計算を重ねるうち、確率は少しずつ上がり、やがて、それは確定事項となった。

世界は混沌に陥っていた。本当にやりたかったことを最期に実行するため、仕事を放り出す者。恐怖から逃れようと麻薬や犯罪に手を出す者。事実を受け入れられず、怪しげな新興宗教に入信する者。そして、運命が向こうからやって来る前に自殺する者……。

新人刑事パレスが担当することになった、トイレで首を吊って死んだ保険会社社員の男も、そうした自殺者の一人であると思われた。ところが、首吊りに使われたベルトが本人の身なりにそぐわない高級なものであることから、パレスはこの男は何者かに殺されたのではないかと疑う。

パレスの主張を真面目に受け止めない同僚たちを尻目に、彼は孤独な捜査を開始する。



最初から最後までひたすら暗い

本作の雰囲気は一貫して陰気極まりない。日常生活においても事件の捜査の過程においても6か月後の世界の終わりが色濃い影を落としてくる。絶望的なまでの終末感はさらに主人公パレスの抒情的な語りによって増強される。読者は、世界の終焉という事実を否応なしに突きつけられた人々が残された時間を生きる様子を静かに見つめることになる。

読んでいる間はとても陰鬱な気分だったし、最後の段落を読み終えてもやはり爽快な読後感からは程遠く、鉛の塊を飲み込んだかのような心持ちであった。だが、それこそが本作の醍醐味だと思う。



世界の終焉を見据えて生きる人々の美しさと醜さと切なさと

私たちは、現実世界にも架空の物語世界にも常に「未来」が存在することを期待する。私たちが、あるいは物語の登場人物が幸せなら、子々孫々にわたって幸せであり続けることを夢想したいし、もし不遇の最期を遂げたとしても、世界が存続していさえすれば、いつかなんらかの形で報われるかもしれないと自らの心を慰めたいからだ。それは、悪く言えば安逸な「逃げ」である。

ところが、本作の世界には未来がない。人々は「今」に向かい合わざるをえず、私たちも彼らの未来に期待することはできない。だから、真摯に生きようとあがいたり、諦めて死のうとしたり、どっちつかずでふてくされていたりする彼らの姿が、美しく、醜く、切なく、脳裏に焼きつくのである。



推理小説としてはやや物足りないかも

一方で、一般的な推理小説のように、与えられた謎について自分なりに推理や憶測をしながら読み進めるといった楽しみ方はできないと感じた。前述のように主人公の語りが抒情的だし、事件そのものよりも登場人物ひとりひとりの終末との向き合い方を描く方に重きが置かれているように思われるからだ。

ゆえに、推理小説的な要素を過度に期待して読むと、やや物足りなく感じる可能性がある。殺人事件の謎解きはフレーバーに過ぎず、本質としては、終末を迎えつつある世界を描いた純文学であると思って読んだ方が良いかもしれない。







本書を読んだことのある方は、よろしければこの後のネタバレあり感想も覗いていってください!

































※この下からネタバレあり感想が始まります。未読の方はご注意ください。





























ネタバレあり感想

以下、ネタバレあり感想です。


  • パレスってかなりの変人では?
    本作を読み始めてまず思い浮かんだのがそんな一言であった。

    彼は周りに呆れられるくらい生真面目で、思い立ったら直ちに無理矢理実行に移すタイプだ。それでいて妙に抒情的、内省的なところもある。一人称視点で語られており彼と読者の距離が近いことが余計にそれらの特徴を際立たせているように感じた。私は彼の言動にしばしばドン引きせざるをえなかった。正直、絶対友達にはなれないし同僚にもなりたくないと思う。

    一般に、物語の語り手には読者と感覚の近い人物か共感・同情を呼びやすい人物を据えるのがセオリーだ。しかし本作はそのセオリーを全く無視している。もしかしたら、パレスの方が普通の人間で、私の方が変人なのかもしれないけれども。

    誤解しないでほしいのだが、私はそれを嫌だと思ったわけではない。むしろドン引きしている瞬間も含めて面白かった。自分と価値観や言動の大きく異なる人物を間近で観察するのは楽しいものだ。


  • なんでセックスするのぉ?
    最近セックスする話や恋愛が絡む話ばかりに当たっていい加減食傷気味なところにまたセックスをぶち込まれてしまった。私の運が悪かっただけなので本作に対して愚痴るのはお門違いも甚だしいが、本当になぜ小説の登場人物は切羽詰まるとセックスしたがるのか、永遠の謎である。いや本作の場合はパレスと読者にナオミに対する愛着を持たせた後で一気に絶望に突き落とすのが目的だろうけど。


  • ピーター・ゼルの存在感
    ピーター・ゼルは、本作開始時点で既に亡くなっており、肉体的には単にドクター・フェントンの解剖に供される死体と成り下がっていながら、彼にまつわる謎が紐解かれるにつれ存在感を増していった。

    最初は保険会社の冴えない社員であり殺人事件の被害者という極めて記号的な印象しかなかった彼が、小惑星マイアに関する情報を掻き集めていたこと、旧友を誘って麻薬を始めたこと、保険金申請の調査相手の家を訪ねていたこと、などが明らかになるにつれ、既に死んでいるのになぜか生き生きとした人間的な厚みを伴って私の中に立ち現れてきたのである。

    とても不思議な感覚だった。この世に単純な記号で表せる人間など誰一人としていないのだと思えたし、それを小説の中で表現できる作者の技量に感銘を受けた。


  • ピーター・ゼルの遺した謎1:甥の写真を自宅に飾っていたのはなぜ?
    作中で徐々に存在感を増したピーター・ゼルに関しては、まだ解決されていない謎がいくつかある。本作は三部作ということなので、次回作でこれらの謎の答え合わせがあることを期待している(答え合わせされなくても、それはそれで構わないが)。もしかして私が答えを見逃しているだけだったらご指摘願いたい。

    1つ目の謎は、なぜ彼の自宅に姉の息子の写真が飾ってあったか、である。

    彼と姉はあまり仲が良くなく、交流も少なかったとのことだが、それならばどうして彼は姉の息子の写真をわざわざ自宅に飾っていたのだろうか? 姉とそれほど仲が良くないのであればその息子とはそれ以上に疎遠でそもそも興味を持たないのが自然だと思う。さらに、ピーター・ゼルが子供好きであるという描写は特に見受けられず、また甥の方もピーター・ゼルに懐いていたとか共通の趣味があったとかいうことはない。あと、私は創作における近親相姦的な話がかなり好きなのでそういう流れになるかと思いきやそういうことでもなかった。

    すなわち、作中の情報だけでは、ピーター・ゼルが甥の写真を自宅に飾っておく必然性が見出せないのだ。想像の余地を残しているだけならそれでもいいが、次回作への伏線になっていると個人的には嬉しい。


  • ピーター・ゼルの遺した謎2:彼がタイムカプセルに入れたかったテープの内容とは?
    ピーター・ゼル2つ目の謎は、彼がタイムカプセルに入れようとしていたテープの内容である。

    他の人々よりはだいぶ理性的だったであろう彼が、わざわざ未来の人類に聴いてもらいたいと思った情報とはいったいなんだったのか、非常に気になる。もしかしたら甥がかわいいとか、自分の肉声を残しておきたかったとか、そんな取り留めもない話を吹き込んだだけかもしれないけど。

    これも次回作の伏線になっていることに期待する。私は彼にはまだ何かが隠されていてほしいと願っている。


  • タイムカプセルのくだりは熱かった
    ピーター・ゼルが担当していた保険金申請の調査は殺人事件に関係あると見せかけて関係なくてモヤモヤしたけど、やっぱり物語的な意味ではきちんと回収されてよかった。しかも、保険金をいったい何に使いやがったんだこの金持ちのバアさんは、と義侠心に燃えていたら意外な顛末でちょっとじーんとした。タイムカプセル夫婦もピーター・ゼルも、小惑星の衝突に真摯に向き合っていたのだなあと思った。ある意味ではトゥーサンもエリック・リトルジョンも。