星を匿す雲

主にTVゲーム、アニメ、歴史漫画、史跡巡りの感想を書いているブログです。基本的に【ネタバレあり】ですのでご注意ください。

【レビュー・感想】ファクトフルネス:意識高すぎるけどとても為になる一冊

皆様こんにちは。赤城です。

ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著、上杉周作、関美和訳の『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』についてレビューと感想を書きました。




本書を手に取ったきっかけ

はじめに、本書を手に取ったきっかけを軽くお伝えしておこうと思います。

ある日、私はツイッターで以下のツイートを見かけました。

いや、どれも読んでないけど!? そんなにご大層な内容なのか? と思って手に取りました。結果、大変ためになる内容であることが分かったので、記事を書くことになった次第です。




レビュー

次に、本書のレビューをお伝えします。



概要

本書は、副題で述べられている通り、「我々がつい持ってしまいがちな10の思い込みを乗り越え、正しいデータに基づいた判断を行う方法」を示したものである。

本書の著者は医師・大学教授のハンス・ロスリングと、その息子のオーラ・ロスリング、そして息子の妻のアンナ・ロスリング・ロンランド。著述を担当しているのがハンスで、その根拠となるデータを分かりやすく視覚化しているのがオーラとアンナだ。

本書の中でハンスは、人々がいかにとある思い込み(本能)に支配され、「ドラマチックすぎる世界の見方」をし、さまざまな物事の判断を誤っているかを、自分自身の失敗談を交えて、ときにユーモラスに、ときに真剣に明かす。それから、その思い込みにはどのような特徴があるか、それを乗り越えるにはどうしたらよいか、を明快に示す。

ここで言う「人々」には、権力や特別な能力を持ち合わせていない一般大衆ばかりでなく、ハンスのような研究者や政治家、エリート銀行員など、権威ある地位に就き、高い知見や技術によって世界の動向に影響を与えている人々も含まれる。無知な大衆だけでなく、どんな人でも思い込みに支配されがちであることをハンスはいくたびも強調する。

そして、ハンスは、思い込みの支配、「ドラマチックすぎる世界の見方」から解放されれば、世界の現状と未来に対して過度に悲観することも、打つべき対策を見誤ることも少なくなると述べる。



総評

本書で提唱される10の思い込みは、一見単純で克服するのも容易に思えるが、実際には多くの人の中で深く習慣付いており、乗り越えるのが難しい。それでも、ハンスが教えてくれた思い込みを乗り越えるための原則を肝に銘じ、また自らも具体的な方策を見つけていきたいと前向きに思え、大いに勇気づけられる内容であった。

なお、本書で「ドラマチックすぎる世界の見方」の例として挙げられている貧困、環境などの問題は、スケールが少し大きすぎるため、全世界的な問題にある程度関心のある人でないと共感を抱けないかもしれない。しかし、実際にはあらゆるスケールの問題に適用しうるので、そこで一部の読者を尻込みさせそうなのが少しもったいないと思った。



10の思い込みの具体的な内容は購入して確かめるべき

10の思い込みとその対策とは具体的にどんなものであるか? まだご存知ない方はぜひ、本書を購入し、ご自分の目で確かめていただきたい。

ここでその全要約を引用することは極めて容易であるし、場合によってはそれで事足りるように思えるかもしれない。3人の著者によって、10の思い込みとその対策は非常に簡潔に要約されているからである。それはもう、この記事やツイッターにそのまま全文掲載してしまいたいという誘惑に駆られるくらい明瞭な形で。

しかし、とある本の要約は、その本を一度読んだ者が内容を思い出すときに使うものだと私は思う。要約だけ切り取られたものを読んで理解した気分になっても単なる気のせいだ。削ぎ落とされてしまったものの中に、その概念の理解に不可欠な情報が必ず存在する。

したがって、繰り返すが、まだ読んでいないが興味のある方には、紙の本や電子書籍でご購入されるか、図書館などで借りられることをお勧めする。本書はレイアウトも文章もグラフも非常に分かりやすく、読むのに苦労することはない。







感想

以降では、本書を読んでの私の感想をお伝えします。意見を述べるために一部の内容に触れているのでご注意ください。



意識高すぎィ!

本書を開いて私がまず発したのがその一言だった。「ドラマチックすぎる世界の見方」の例として挙げられていることのスケールがいずれも巨大で、意識が低すぎて地下100キロくらいのところに埋もれている私にとっては非常に敷居の高い本のように思えたのである。

私は現在、世界の貧困や環境問題にさほど高い関心を抱いているわけではない。それを自分がどうにかできるかも、などと幼かった頃は子供心によく考えたが、ごく普通の会社員となった今では完全に諦めている。だから、ハンスがレベル1~レベル4の生活の話を始めたときには「こんななのにレベル4に生きててすみません」と卑屈になった。よく見れば帯にも「東大(の生協でのとある期間の売り上げ)1位」とか書いてあってますます恐れをなした。

しかし、確かに本書の具体例は意識の高い人々向きであるが、本書の提唱している内容自体はどうだろうか、と考えることで私は冷静になれた。本書で提唱されている10の思い込みへの対処法は、規模の大きな問題だけでなく、身近なところにある些細な問題にも適用できる、いやそういったことにこそ適用されるべき内容であるように思ったのである。

例えばツイッターで過激な言説が流れてきたときは「分断本能」や「犯人捜し本能」を抑え、仕事で同僚や上司、顧客とうまくいかないときは「パターン化本能」や「宿命本能」を抑えるといった具合に、本書の内容はことごとく応用が利くし、利かせるべきだ。そうすることで、巡り巡ってすごく遠回しに、私も世界の貧困や環境問題に貢献できる、気がする。もちろん、「ドラマチックな世界の見方」をするべき局面(物語を楽しむときなど)では話は別だが。



直線本能

直線本能については正直爆笑した。というのも、ハンスの孫の身長についての冗談もおかしかったが、私はこの直線本能のままに描かれた未来予想のグラフを何度か目にしたことがあるからだ。面倒なので具体例は挙げないけれども、どうしてそんなに単純に線を延ばせるのか、と考えたものだ。本書を読むことで私のその直感的な疑問は正しかったらしいことが証明され、大いに溜飲が下がった。

この直線本能は、本書で例示されているような「事態が悪化する」系の予想(人口増加グラフなど)にも現れるが、「事態が好転する」系の予想(売上予想グラフなど)にも潜んでいることを個人的には留意しておきたい。いずれにせよ、直線本能を信じて施策を誤るととんでもないことになるのは変わらない。



宿命本能

私がひときわ囚われやすいのがこの本能である。私は自分を取り巻く社会が非常に旧態依然とした形を保っていて、私が何をしようと社会は1ミリたりとも変わってくれないと思いがちだ。そんなわけだから、つい絶望に囚われ、鬱々としてしまうことがある。

だが、ハンスに教えられたように、冷静に昔と今を比べてみれば、社会はだいぶ変わっている。

例えば、祖母や母に聞いた話では、ひと昔前、女性は仮に就職しても一般職だし、子供を産めば退職して専業主婦になり、その後で仕事に復帰するにしても、アルバイトや在宅の内職がせいぜいだった。私の幼い頃もまだその傾向は強く、私の両親のように共働きをしている人たちは珍しかった。翻って、私が大人になった今は、女性に男性と同等に家庭外での仕事を持つ権利が法的にも認められ、共働きが当たり前になっている。それには経済状況の悪化など、後ろ向きの要因もあるかもしれないが、私の両親のような人々が世間の風圧に負けずに働き続けることで勝ち得たものとも言えるのではないだろうか。他にも、例えばオタク文化への偏見はなくなりつつあるし、既存メディアの過大な影響力はSNSの発達などにより薄れつつある。いずれもまだ解決すべき問題は多いが。

私は、自分が世間の風圧に負けずに頑張っているつもり(セクシャルマイノリティーやアスペルガーや独身女性として胸を張って生きるとか、マイナーなオタク文化を布教するとか)なのに傍目には変化の見られないことばかりに目が行き、「この社会は私(たち)がどんなに努力しても変化しない。ならば流れに棹をささない方が良いのか?」と思ってしまう。しかし、そんなふうに誤認して頑張ることを諦めてしまうのは、まさに思い込みによる誤った判断である。

私は自分の信念を貫き通したい。その結果、社会は何年、何十年後に変わるかもしれない、それとも本当に変わらないかもしれないが、可能性を信じて頑張りたい。



単純化本能

とある分野の専門家が別の分野にまで自分の分野の原理原則を応用しようとすることを、めったやたらとトンカチを振り回す(p. 260)と言い表しているのが非常に的を射ている。また、とあるひとつの対策、とあるひとつの見解をもってしてある問題や命題が全て解決すると考える、「単純なものの見方」に警鐘を鳴らしていることにも拍手喝采を贈りたい。

世の中は、トンカチを振り回しまくり、単純なものの見方をして安心・絶望する人々で溢れている。特にこの単純化本能についての説明は、自覚のある人もない人もぜひ自らの言動を振り返りながら読んでほしいと心から願った。

……と偉そうに言っている私は、振り回せるトンカチがないため前者に関しては今のところ心配がないと思っているが、本書自体もトンカチになりうることは留意しなければならない。後者については要注意だ。物事を単純に0か1で考えてしまいがちな人間であることは十分に自覚しているので、情報収集を怠らないよう肝に銘じたい。



身近にある絶望と希望

私が本書を某大型書店の販売数ランキングのコーナーで買ったとき、すぐ隣には、目玉が飛び出るような極論を展開してとある集団同士の対立を煽るような本が置いてあった。ハンスの言葉を借りれば「ドラマチックすぎる世界の見方」をしている本であった。

本書を読み終えてから、おそらく意図したものであろうその皮肉の効いた配置を思い出して私は少し笑い、同時にそんな本が販売数ランキングの上位にランクインしてしまう日本の将来が少し心配になった。

しかし、それも単なる「ネガティブ本能」や「焦り本能」に過ぎないかもしれない。加えて私は、『ファクトフルネス』を読む人、その教えを実戦する人が増えれば、私たちの将来は悪いことだけで埋め尽くされずに済むという希望を、今では持てるようになった。これはとても素晴らしいことのように思える。



本書への批判について

訳者の上杉周作先生が、本書に寄せられた批判に以下の記事で回答している。私はなんの疑問も持たず読んでいたが、建設的な批判をされる方も、その批判に論理的に回答できる上杉先生もすごいなぁ~と思った(小並感)。本書を読み終わった方は一読してみることをお勧めする。
https://jp.chibicode.com/factfulness-notes