【ネタバレあり感想】コンビニ人間:「普通」の人たちへの憎悪と擬態と主人公への憧憬
皆様こんにちは。赤城です。
ネタバレありで村田沙耶香作の小説『コンビニ人間』の感想を書きました。未読の方はご注意ください。
読んだきっかけ
昨今、身辺に少し変化があり、自分のセクシュアリティについて考えることが多くなって、自分はフィクトセクシュアル(架空のキャラクターに性的な魅力を感じる)のヘテロ女性ではないかと思うようになった。そこで、フィクトセクシュアルについてそれとなく検索していたところ、村田沙耶香先生の『消滅世界』がフィクトセクシュアルを扱った作品であるという情報が出てきたので、読んでみた。
すると、フィクトセクシュアルは小説の単なるフレーバーで、小説の主題はそれよりもっと広く、現代社会の「恋愛」や「家族」の概念に疑問を投げかける内容だったが、結果的にすごく心を揺さぶられた。作品内で描かれている、「恋愛」と「家族」のおぞましい(と現代に生きる私はどうしても思ってしまう)未来像にぞっとすると同時に、恋愛ってなんだろう、家族ってなんだろう、と改めて考えさせられたのだ。
それからしばらく経って、ふと、もっとこの作者さんの作品を読んでみたいな、と思って、作品リストを見たら、芥川賞を受賞した『コンビニ人間』の作者さんではないか。実は、友人が以前薦めてくれたけど結局読まずにそのままになっていた作品だったのだ。そこで、遅ればせながら、この機会に読んでみることにした。
感想
ネタバレあり感想です。未読の方はご注意ください。私に救いを与えてくれる作品
ストーリー・文章表現共に完成度が非常に高く、まさに純文学作家の登竜門である芥川賞にぴったりの作品だと思った。そして、それ以上に、私にぴったりの作品であり、もっと早く読んでおけばよかったな、と思った。私は、純文学は、そのときどきの社会における生きづらさに直に焦点を当てて、その生きづらさで悩んでいる人に救いを与えてくれるものだと思う。自分では言い表すすべがなく、誰にも理解してもらえなかった苦しみが、優れた作家によって言語化されると、それだけでかなり気持ちが楽になる。例えその作品がハッピーエンドでなかったとしても。
この作品もある種の生きづらさを言語化してくれている。それは、現代社会において、「普通」ではない人が、「普通」の人たちの傲慢さや同調圧力を受け入れざるを得ないことである、と私は思う。
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに排除される。まっとうでない人間は処理されている。そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。
――本文より
私はこの作品の主人公と同様、ASDの傾向があり、世間一般の常識や他人の感情があまり理解できない中、必死で「普通」の人たちに擬態して生きている。そのため、随所で共感の嵐に見舞われた。そして最後は心の中でスタンディングオベーションした。
2024年現在は、多様性だとかコンプライアンスだとかが叫ばれ、主人公や私のようなASDや未婚という属性も、表立って蔑まれるものではなくなりつつある。少なくとも私の周りではそうだ。
しかし、この作品が発表された2016年やそれ以前は本当にこの作品で描かれているような世界だったと私は記憶している。それに、もしかしたら、私が「普通」の人間に擬態するのが上手になったか、主人公のように鈍感だから気づかないだけで、この悪夢のような世界は続いているのかもしれない。あるいは、新しい「普通」の概念が作られ、新しい「普通」ではない人に標的が移っただけかもしれない。
多様性という概念は、恩恵を受けている私のような人間が率先して死守していかなければならないな、と思うし、この作品も、折に触れて読み返したい。また、村田先生の他の作品も読み進めたい。
「普通」の人たちへの憎悪と擬態と主人公への憧憬
皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。私にはそれが迷惑だったし、傲慢で鬱陶しかった。
――本文より
いわゆる「普通」の人たちの主人公への反応の数々にはものっっすごくムカついた。特に同級生の女性たちやその旦那、本当に何様なのか。こういう人たち、昔よくいたよな~!
私はこういう人たちに対して、「何の疑問も持たず『普通』というものに乗っかって生きてしまうあなたたちの方が、私よりよほど異常ではないか」と常々思っていたよ。
でも、私はこの主人公ほど突き抜けたASDではないので、「普通」の人たちから蔑視されるのが怖いと思っていた。だから、一生懸命「普通」に擬態しようと努力していた。傲慢な「普通」の人たちへの憎悪と、それでも彼らに擬態しなければ生きていけないという恐怖との、板挟みになっている状態が辛かった。
そして、努力が功を奏してそれなりに「普通」に擬態できるようになった今、私は自分の個性というものを喪失してしまったような気がしている。個性と引き換えに得た、このちっぽけな社会的地位と申し訳程度の社会性は、果たして私にとって価値のあるものなのかと、いつも悩んでいる。まあ、昔は個性があったなどということ自体が思い込みに過ぎないのかもしれないけれど。
とにかく、そうやって「普通」の人に擬態しすぎて個性を喪失してしまったと思っている私の目には、この主人公が迎えた結末は、とても眩しく映った。
私にはコンビニの「声」が聞こえていた。コンビニが何を求めているか、どうなりたがっているか、手に取るようにわかるのだった。
(中略)
この手も足も、コンビニのために存在していると思うと、ガラスの中の自分が、初めて、意味のある生き物のように思えた。
――本文より
彼女はひととき「普通」の人たちに屈するが、最後には個性をある程度保っていられる場所へ戻ることができたのだ。まごうかたなきハッピーエンドである。
もちろん、彼女のこの先に思いを馳せれば、手放しで100%ハッピーエンドとは言えない状態であり、むしろバッドエンドに近いと言える。そのうち健康面などの問題でコンビニで働くことができなくなるかもしれないし、大切な家族には一生心配をかけ続けるだろう。
彼女がずっとコンビニで働き続けられるといいな、もしダメになったら、コンビニと似たような仕事が見つかるといいな、と思うし、彼女くらいコンビニの業務に精通している人は正社員にしたらどうなのかと感じる。コンビニの店員は誰にでもできると馬鹿にされがちだが、少し齧ったことがある私に言わせてもらうと、業務の内容が多岐にわたり、常にマルチタスクが求められるので、完全に適応してスムーズにこなせる人は限られると思う。
主人公の言動の端々にみなぎるサイコパスっぽさが面白い
これが、この主人公に対して「気持ち悪い」という感想を持つ読者が一定数存在する主な原因だと思われる。それ以外の理由で「気持ち悪い」と言っている人とは私は友達になりたくないし、向こうもそう思うことだろう。死んだ鳥を焼き鳥にしようとか、喧嘩している男の子たちの頭をスコップで殴って黙らせるとか、うるさい教師のスカートを下ろして黙らせるとか、赤ちゃんを静かにさせたいなら殺害するのが一番手っ取り早いとか、白羽に与える食事は餌であるとかの、サイコパスっぽい思考。これらは、現実で遭遇したらドン引きするが、架空の物語なので、私は物騒すぎて面白くて笑った。
怒られたら大人しくやめており、両親や妹などの大切な人間を悲しませたくはないという気持ちはあるので、そこまで怖いタイプではないと思う。理屈は理解できるし。
逆に、白羽と同級生どもに対しては、もっとサイコパスみを発揮してくれても良かった。そうすることで私が非常にすっきりするので。
恋愛、セックス、結婚に対する「普通」の人たちと主人公の価値観がリアル
『消滅世界』を読み終わってからこの作品を読もうと思い立つまでの間、私はさらに自分のセクシュアリティについて考え込み、「もしかして私って、アセクシュアルだから恋人を作らず、恋愛から発展する結婚にも関心がなかったのでは……?」と思い始めていたので、非常に良いタイミングで読めたと感じた(主人公も私も、アセクシュアルだから恋愛をしないのか、ASDで他人に興味がないゆえに恋愛をしないのかは判然としないが。というか、世の中のほとんどの人は大なり小なりアセクシュアルであると思う)。「普通」の人サイドも主人公サイドも、双方ともに、やや大袈裟ではあるが、こんな感じだよな。どちらの立場にもいたことがあるので分かる。まあ、「普通」の人サイドにいたのは、これらの価値観が価値観ではなく人類普遍の真実だと社会によって思い込まされていたからであって、本質的には私は主人公サイドだと思うけど。
恋愛や結婚をすれば、それだけで社会の中でのランクが上がると思い込む。他人の恋愛というどうでもいい話題にキャッキャして、やるべきことに集中しない。常にセックスできるかどうかで異性を一方的にジャッジする。など、「普通」の人たちの価値観に基づいて私が昔やらかしており、今では唾棄すべきと考えている事柄を、主人公が独白の中で冷静に(最後の方は少し動揺していたが)分析し、ズバズバ切り刻んでいるのが清々しかった。でも結局、この「普通」の人たちがぎゃーぎゃー騒いで干渉してくる現象はどうあっても止めることができず、主人公のように逃げるか、慣れるかしかないんだよな、と思うと、やはり私の中の彼らに対するうっすらとした憎しみは消えないのである。
共感した・面白かった文章
最後に、小説の中で特に共感したり面白かったりした文章を載せておく。興味深いので私は見下している人の顔を見るのが、わりと好きだった。あ、人間だなという感じがするのだ。
差別する人には私から見ると二種類あって、差別への衝動や欲望を内部に持っている人と、どこかで聞いたことを受け売りして、何も考えずに差別用語を連発しているだけの人だ。
コンビニは強制的に正常化される場所だから、あなたなんて、すぐに修復されてしまいますよ。
勃起? あの、それが婚姻と何の関係が? 婚姻は書類上のことで、勃起は生理現象ですが
ぼくは一生何もしたくない。一生、死ぬまで、誰にも干渉されずにただ息をしていたい。それだけを望んでいるんだ
あ、ごめんなさい。家に動物がいるのって初めてなので、ペットのような気がして
でも、あれを家の中に入れておくと便利なの。皆、なんだかすごく喜んでくれて、『良かった』『おめでとう』って祝福してくれるんだ。勝手に納得して、あんまり干渉してこなくなるの。だから、便利なの