星を匿す雲

主にTVゲーム、漫画、小説、史跡巡りの感想を書いているブログです。基本的に【ネタバレあり】ですのでご注意ください。

【レビュー・感想】修道女フィデルマ『サクソンの司教冠』

皆様こんにちは。赤城です。

ピーター・トレメイン(Peter Tremayne)作・甲斐萬里江訳の時代ミステリである「修道女フィデルマ」シリーズ邦訳5作目の『サクソンの司教冠』についてレビューと感想を書きました。

前半はネタバレなしレビュー後半はがっつりネタバレしている感想になっております。ご注意ください。




初めに:「修道女フィデルマ」シリーズについて

まずは「修道女フィデルマ」シリーズの時代設定と主人公について簡単に説明します。

『サクソンの司教冠』の紹介だけ読みたい方は飛ばしてください



7世紀後半のアイルランドを主とした物語

「修道女フィデルマ」シリーズは、7世紀後半のアイルランドを主とするヨーロッパが舞台の時代ミステリです。

当時のアイルランドはほぼキリスト教されていました。キリスト教の教えを厳格に守るローマ・カトリックと、土着の慣習との融和を大切にするアイルランド教会派の対立を内包しながらも、教会と聖職者は人々の生活の支えとなっていました。

また、独自の法制度も持っていました。男女差別や障がい者差別を禁じたり、死刑が存在しなかったりと、現代の私たちから見ても遜色のない洗練された制度でした。


本作は、アイルランドから遠く離れたキリスト教の本拠地、ローマが舞台となっています。



主人公は王妹で修道女で裁判官

主人公のフィデルマは、古代アイルランドの諸王国の中で最も強大な王国、モアン王国の王(この巻の途中までは次期国王)の妹で、キリスト教に深く通じた修道女で、さらに、高位の裁判官でもあります。

フィデルマは、あるときは訪問先で偶然事件に出くわし、またあるときは依頼されて事件の調査に赴きます。若さと慈悲深さゆえの激情に時折翻弄されながらも、長年の修練により身に付けた観察力と思考力でもって事件を解決へと導くことになります。



もっと詳しく知りたい方は、『蜘蛛の巣』のレビュー記事をご覧ください!




『サクソンの司教冠』ネタバレなしレビュー

次に、『サクソンの司教冠』のあらすじと見どころ、注意点をご紹介します。

ネタバレあり感想だけ読みたいぜ! という方はこちらへどうぞ。



あらすじ

664年、晩夏。フィデルマは、カンタベリ大司教に叙任される予定のサクソン人聖職者ウィガードの一行に同行し、ローマに赴きました。彼女自身の目的は、所属する修道院の宗規に教皇から許可を得るためでした。

教皇の許可を待っていたところ、なんとウィガードが教皇庁の宿泊棟で殺害されてしまいます。犯人は、目撃証言から、教皇庁に勤めているアイルランド人修道士であると推測され、逮捕されました。

カンタベリ大司教ローマ・カトリック派、アイルランド修道士はフィデルマと同じアイルランド教会派です。この事件が起こったのは、折しも、サクソン諸王国で両派の対立が激化し(キリスト教アイルランドからサクソン諸王国=イングランドに伝播したので、サクソンにも両派の支持者がいました)、教会会議が開かれ、ローマ・カトリック派の主張こそが正しいと認められた直後という、非常に微妙な時期でした。それゆえ、ローマが安易にアイルランド修道士の罪の有無を判断すれば、アイルランドおよびサクソン諸王国における両派の反発と一層の対立を招きます。

その可能性を危惧したローマ教皇の伝奏官は、アイルランド人修道女でありアイルランド教会派の主人公フィデルマと、サクソン人修道士でありローマ・カトリック派のエイダルフの2人に協力して事件を調査するよう指示します。彼女とエイダルフが同じ結論に到達すれば、それがどのようなものであろうとローマ・カトリック派とアイルランド教会派の両方を納得させることができると考えたのです。

フィデルマはエイダルフと護衛につけられたローマ人兵士とともに、晩夏のローマを証言と証拠探しのために奔走することになります。



見どころ

フィデルマシリーズはアイルランド国内外の色々な場所を舞台にするので元々旅情ミステリっぽさが強いのですが、今作は特にローマが舞台になっているのが大きなポイントです。

ヴァティカン円形競技場といったお馴染みの壮麗な建物から、カタコンベスラムなどの一般的には少し想像しづらい場所まで、フィデルマたちはくまなく訪れることになります。特にカタコンベは個人的にとても興味があったので出てきたときは興奮しました(笑)。

また、ローマの人々の生活ぶりも細かく描かれています。巡礼者のための宿や、駕籠かきのテクニック、聖遺物詐欺などが実にリアリティをもって描写されていて、読んでいるとフィデルマと一緒にローマに滞在しているかのような錯覚を覚えます。

さらに、当時の世相も物語にうまく組み込まれています。ブリテン諸島ローマ・カトリック派とアイルランド教会派が対立している一方、地中海世界ではイスラムが勃興し、拡大を続けていました。この新しい宗教を持つ人々が本作の物語に及ぼした影響には「なるほどな~」と唸ってしまいました。


もちろん、事件のトリックも複雑怪奇。解決の糸口が見つからないうちに新しい事件が起こったりします。相棒であるエイダルフが結論を急ぎがちな一方、フィデルマは数々の謎を冷静に理論立てて紐解いていきます。読んでいて非常に爽快感がありますし、共同調査を行う中でフィデルマが徐々にエイダルフに対する愛情を自覚していくのにもニヤニヤできます。



注意点:書評(後書き)は、少なくとも先に読まない方がいい

本作の唯一の難点は、一番後ろについている某作家による書評(後書き?)です。本作を読むモチベーションを下げてしまいそうなことが書いてあります。

別にネタバレされているわけではないので、「私はあとがきを先に読まないと安心できない派なんだ! 何が書いてあってもショックは受けないから大丈夫!」という方ならお読みになることは止めません。しかし絶対にオススメはいたしません


かといって、本作を全部読み終わった後なら読んでも問題ないかというと微妙ですね。一般的な「小説の文庫本についている書評」をイメージして読むとがっかりする可能性が高いです。私は「ふーんそうだねまあそう考える人もいるよねハハハハハッ(乾いた笑い)」という感じになりました。読むのならあまり期待しないで読んでください。




以上、書評は読まない方がよいですが、お話自体はいつも通りやめどきの分からない面白さです。フィデルマと一緒にローマを冒険している気分になれます。

読んだことのある方は、よろしければこの後のネタバレあり感想も覗いていってください!


































※この下からネタバレあり感想が始まります。未読の方はご注意ください。





























ネタバレあり感想

最後に、ネタバレあり感想をお伝えします。致命的なネタバレがありますのでご注意ください。


  • カタコンベやべぇ(語彙力不足)
    いや~、いいねカタコンベ。ちょうど別件で関心を抱いていたところだったので、まさか出てくるとは思っていなくて、カタコンベのシーンは興奮して鼻の穴をフンスカさせながら読んでしまいました。迷路みたいになってるからリアルに迷って死んでしまう人もいるって何か未知のロマンを感じますよねハァハァ。


  • ローマ人の女性差別がつらい
    フィデルマの有能さにゲラシウスやリキニウスは感化されていました。しかしそんなのは怒涛の歴史の流れの中では些細な変化でしかなく、さらに言えばフィデルマは彼らにとって他の「普通の」女性とは違う「特別秀でた」女性に過ぎないかもしれないのです。この後のフィデルマシリーズでも女性差別は繰り返し取り上げられるテーマとなりますが、フィデルマというか中世アイルランドが持っていたであろう男女平等思想や優れた法制度が現代に至るまでに一度潰えてしまったと実感させられるのが悲しいです。


  • ローナンとオシモの愛
    あれ、この時代って同性愛には寛容だったんだっけ? ローマ文化の延長で大丈夫なのか?(無知) こういう女性や同性愛者などのマイノリティの話をガツンと入れてくるのもフィデルマシリーズの良いところですね。


  • イーファーの激情とエインレッドの優しさ
    実は全員(オシモ以外)イーファーが殺して、兄エインレッドがその罪を全て被っていたという衝撃の事実。イーファーも報われないけどそれ以上にエインレッドが報われない……お兄ちゃん……。

    最後はちょっと展開が急すぎるように思いました(もう少しイーファーとエインレッドの関係性を情緒深く描いた方がよかった)が、それでも十分に切ない話でした。


  • フィデルマの過去の恋愛とかエイダルフとか最後のリキニウスとか
    フィデルマあぁぁぁ!(号泣) 私は経緯もスペックも全然違うけどよく分かります、過去の恋愛って引きずっちゃいますよね。でも新しい恋には素直になっていいと思うんだ。大丈夫、エイダルフとはまたどこかできっと会えるから。

    リキニウスはフィデルマのことが好きになったのか……? でもフィデルマも今やアイルランドに生活基盤があるから、仮に両想いだとしてもローマに移住するなんて思いきった行動はもはやとれない。だから、おそらくもう二度と会えないと分かってるから、せめて思い出の品を渡すことにしたって感じですかね。うわぁ……。


  • 書評(後書き?)空気読めよ……
    ネタバレなしレビューの方でもちょっと荒ぶりましたが、なんなんだろうあの書評。文句を言うにしてももう少しさらっと言うとかできないんですかね。

    私もどちらかと聞かれればカドフェルシリーズの方が好きですよ。私は心情描写を重視するので、カドフェルシリーズの懇切丁寧な心情描写に心惹かれるんです。でもその代わりフィデルマシリーズの方がトリックと歴史的な背景はしっかりと書き込まれているから、お話としては同じくらい面白いと思います。つーことで露骨なカドフェルageフィデルマsageに手を叩いて喜ぶような人間ではないのです。

    まあフィデルマが完璧すぎて引け目を感じるという意見には賛成しますけど、推理物の探偵役ってみんなあんな感じだからなあ。ああじゃないと変なところでつまづいて本筋の話が進まなくてイライラするでしょう。だから、普通の純文学やラノベみたいに主人公に感情移入するつもりで読んでも面白くないと思います。頭を空っぽにしてこいつスゲーな! って感嘆しながら読むべき。