皆様こんにちは。赤城です。
私は今、東京の幹線道路沿いの木造集合住宅(木造アパート)に住んでいます。住み心地はどうかって? 記事のタイトルからお分かりいただけるでしょう、最悪だよコンチクショウ。
とにかく本当に音がうるさいです。発狂しそうなくらいうるさいです。
この記事では、私がどうしてそんなに音を気にするのか、具体的にどのような音がうるさいのか、そしてなぜ音がうるさいにもかかわらず現在の住居に住み続けているのかについて、解説してまいりましょう。
筆者は音に敏感である
私は音に敏感です。だからといって音楽に詳しいとか歌が上手とか楽器が弾けるとかそういうことは全くなく、ただただ敏感なだけです。「地下鉄でクラシック音楽」に発狂
以前、地下鉄東京メトロ日比谷線の車内でクラシック音楽を流す試みが話題になりました。私には普段音楽を聴く習慣がありません。聴くとしたらアニソン、ゲーム音楽、クラシック音楽の三択といったところです。
だからこの話も喜んで受け入れそうだと思われるでしょうが、実際にはツイッターですごい勢いで発狂しました。具体的には以下。
電車でクラシック流すの、私の通勤時間まで拡大してきたら抗議するわ。喫茶店でBGMがかかっててもイライラするのに、毎日の通勤で環境音とアナウンス以外の音を聞かされたくない。
— 赤城みみる (@i14wander) January 30, 2018
もしそれが明らかにトラブル抑制につながるなら公共の福祉のために我慢するけど、毎朝イヤホン装着がマストになるな
これだけ読むとドン引きする方が多いのではないかと推察します。
実際、このツイートは見も知らぬツイッタラーにリツイートで晒されて「クラシックに親でも殺されたのかよwww」と陰口を叩かれました。
煽り文句としてはなかなかパンチが効いていて好きです。しかし、文脈を全く読み取れていないし私の他のツイート(クラシック音楽が好きな話とか)を読んでないっぽいし私の人格なんてどうでもよくただ他人をバカにしたいだけなんだろうなこの人と思いました。まあそんなのはついったランドではよくあることなので許してあげましょう。
ちなみに、こんな感じでごく稀にリツイートされたりブログの記事を拡散されたりしたときは大抵エゴサしています。ポジティブな反応をいただいていることがほとんどで本当に嬉しいです、この場を借りてお礼申し上げます。
筆者は聴覚過敏である
さて、ドン引きする方が多いと推察された先ほどのツイートは、以下の理屈を踏まえると、そこまでおかしなことは言っていないとご理解いただけるのではないかと思います。共感してくださる方は少ないでしょうけど。私は発達障害の一種であるアスペルガー症候群を発症(?)しています。ヤブ医者から診断を受けただけなので本当かどうか怪しいところですが、少なくともアスペルガー症候群と診断を受けて安心した程度には周囲の感覚に馴染めない人間です。そのため、振る舞い方を馬鹿にされたり逆に褒められたりするたびに、「ごく普通の人間に擬態して生活するのに私が水面下でどれほど足掻いていると思っているんだ」と暗い思いに満たされます、がそんなことは本題と関係ないので置いておいて。
発達障害の人の一部は「感覚過敏」という特徴を持っています。名称の通り、なんらかの感覚が過度に敏感で、日常生活に支障をきたす状態のことを言います。もちろん、発達障害でなくても感覚過敏を持っている人はいるでしょうし、発達障害ならば必ず感覚過敏なわけではありません。
私は、自己診断ですが、「聴覚過敏」持ちなのではないかと分析しています。以下の記事が分かりやすいのでぜひ読んでみてください。
聴覚過敏にも色々なケースがあります。私の場合は、自分が聴きたくもない音を延々と聞かされることにとてつもない苦痛を感じます。それが、例えば誰かの喋る声や、スーパー・飲食店のBGMや、電車内のクラシック音楽だったりするのです。その音が大きく、聞いていなければいけない時間が長いほど、苦痛の度合いも大きくなります。
聴きたくて聴いている音はいくら大きくても長くても苦痛ではありません。また、商店のBGMや電車、人ごみがうるさいからといって発狂することもありません。もちろん後者の場合、内心は穏やかではありません。しかし、それらは店の都合や人口集中などのやむをえぬ結果としての必要悪なので、発狂しないように心を殺すかヘッドフォンで音楽を聴いて上書きしています。
ただ、上記の電車内でクラシック音楽を流すという試みに対しては、わざわざクラシック音楽を流さなくても電車は動いているし人は通勤できている(そして私はヘッドフォンを着けなくても済んでいる)のに、どうしてそこに余分な音を付け加えるのかと思ったのです。しかも流されるクラシック音楽は私が好きなのと正反対のテイストです。ドビュッシーの「月の光」などを使っているようですが、私が好きなのはドヴォルザークの「新世界より」とかストラヴィンスキーの「春の祭典」とかショスタコーヴィチの交響曲第5番とかです。
無論、もしそれが明らかにトラブルや犯罪の抑止に繋がるのなら、公共の福祉のために私は自分を殺します。ただなんとなくいいことしてる感を出すために流すのなら断固反対です。
なお、私の聴覚過敏の症状には他にも、音のうるさいところで会話に集中できないというものがあります。したがって客の多い居酒屋やレストラン、テーマパークなどで誰かと会話するのは、不可能ではないものの、すさまじい速度で精神力を消費します。
ですのでリアルの友人知人の皆様には、もしそういった場所で会合が開催されるにもかかわらず私が出席する場合には、かなり体調が良く、かつ、そこに出席する方々のことが大好きなのだと解釈していただき、口に出さなくて結構ですので心の中でベタ褒めしていただければ幸いです。
都市部の幹線道路沿いの木造アパートは騒音の巣窟である
ところが、そんな私がひょんなことから東京の幹線道路沿いの木造アパートに住むことになってしまいました。現在、地獄を見ています。アパート内外からの騒音により、アパートにいる間は常にイライラしており、睡眠の浅い状態が続いているのです。具体的に何が「騒音」なのかと申し上げますと、以下の通りです。
幹線道路の音がうるさい
幹線道路とは、全国あるいは地域・都市内において、主要な地点を結び、道路網の骨格を形成する道路です(出典:幹線道路(カンセンドウロ)とは - コトバンク)。
つまりは、重要で便利で大きな道なので、交通量が多くて走行音がうるさいのです。夜中でも。
特に、東京などの都市部は人がたくさん住んでいるので、物品の運搬作業も多く、必然的に大量の車が幹線道路を疾走することになります。地方の幹線道路は、私の地元ベースで考えれば都市部ほど交通量は多くないでしょう。
また、私が住んでいるのが木造のアパートであることが走行音のうるささに拍車をかけています。私が以前住んでいた鉄筋コンクリートのマンションは圧倒的に防音性に優れていました。それに比べたら木造のアパートは何もかも丸聞こえです。
もちろん、幹線道路の交通量の多さ、音の大きさは私たちが便利な生活を送るための必要悪です。私たちがいつでもどこでも新鮮なご飯を食べられたり本を買えたりするのは、夜を徹して走る運転手さんたちのおかげです。
ただ、商店のBGMや人ごみの音と違って、家にいる間はずっと聞かされないといけないのはつらいです。特に私、インドア派で休日は大抵家でゴロゴロしているので。それに、幹線道路から離れたところに住んでいてその必要悪をほとんど感じずに生活できる人たちがいる一方で、なぜよりにもよって聴覚過敏の私が木造アパートの中でそれに直面しなければならないのかと思うのです。いや、それもこれも全て自分のせいなんですけど。
あと、単純に走行音がうるさいだけならまだしも、明らかにわざと騒音を撒き散らしているであろうバイクが頻繁に通るんですよね、夜中に。その音で目が覚めるたびにお前の通る道に画鋲を置いてやろうかとバイクの主に対し殺意めいたものを抱きます。あ、実行には移さないので安心してください。私は善良な市民なので、やるならもっと然るべき手段を取ります。
歩行者の声がうるさい
木造のアパートは何もかも丸聞こえと書きました。それは、何も車の走行音だけに留まりません。道を歩く人の声もまるっと聞こえてきます。幹線道路にも信号がありますから、赤になっている間は車が走らず、静かになると思いますよね? しかしそんなことはありません。高確率で、歩道を歩いている酔っ払いのサラリーマンやチャラい学生の集団の高らかな話し声やけたたましい笑い声が聞こえてくるからです、夜中でも。
お前らが部下に何を教えたとか異性を何人ひっかけたとかそんなことはどうでもいいから静かに家へ帰ってさっさと寝ろよ、という感じですね。
明らかに実害が出ているので、彼らには幹線道路沿いにも人が住んでいることを意識してほしいと思います。これは必要悪ではないですよ。いや厳密に突き詰めて考えれば必要悪かもしれませんが(理屈は面倒臭いのでいちいち書きません)、せめて夜中に大声で喋るのはそういうことに適した場所だけにしてほしいです。カラオケとかバーとかですかね? 私は夜中に大声で喋ることがないのでよく知りませんけれども。
アパート内の音がうるさい
木造アパートの騒音と言われると、アパートの隣人や上下の人の出す音を想起される方が多いでしょう。私の住んでいるアパートの場合、幹線道路の走行音と歩行者の声による被害が強烈なのでこれについてはそこまで気になりません。でも、たぶん前掲の2つによって私の評価基準がおかしくなっているだけで、実際には一般に言われている程度にはストレスの原因になっているものと思われます。
私の住んでいる木造アパートも例外なく上下左右の物音がめちゃくちゃ聞こえます。
左右の部屋に関しては、声、いびき、咳、扉を開ける音、換気扇の音からスマホのバイブ音まで、それはもう物悲しいほどに筒抜けです。特に、いびきや咳は眠っている間でも無意識に出してしまうものです。運の悪いことに左右の部屋の住人がそれぞれ睡眠時無呼吸症候群と喘息か何かを患っているらしく、夜中でもそれらの音で目が覚めてしまいます。あまりにひどいので病院に行った方がいいのではと要らぬ心配までしています。
一方、上階の住人は暇さえあれば掃除機をかける習慣があり、しばしば掃除機のガーガーいう音が聞こえます。ちょっと前までは夜中でも聞こえましたが、最近は誰かが管理会社にチクったのかあまりやらなくなりました、よかったよかった。でも相変わらず毎朝掃除機をかけているのでイライラします。
しかし、それならお前は音を立てていないのかと聞かれると、そんなことはないと思います。
以前の同居人から聞いた限りでは私はいびきや咳をすることはなく極めて静かに眠っていたようですが、現在のことは分かりません。
また、夜中に掃除機やテレビは使わないものの、ブログの記事や小説の執筆に集中してキーボードをひたすら叩いていることがあります。キーボード音まで聞こえてしまうのは集合住宅としては相当ヤバいと思いますけれども、隣室のスマホのバイブ音まで聞こえる現状を鑑みると可能性がないとも言えません。殊に、私は指の力が無駄に強く、よくネタにされるようなカタカタッ、ターン! みたいな調子でキーボードを叩くタイプの人間なので、ばっちり筒抜けになっているかもしれません。隣人にはもし気になったら遠慮なく注意していただければと思っております。
さらに、私は声も無駄に大きいので、ぬいぐるみに話しかけたり電話で誰かと喋ったりしているのも全部筒抜けになっているかもしれません。それが怖くて最近は声を潜めるようになってしまい、そのせいで声を潜める必要のない場所でも常に小さな声で話し、相手に「え、なんて?」と言われることが多くなりました。これも、木造アパートに住んでいることの弊害の一つと言えるでしょう。
それでも引っ越さない理由がある
ならば、さっさとそのような物件は引き払ってもっと静かな物件に移ればいいじゃないか、と皆様おっしゃることでしょう。でも今のところは、私はこのアパートに住み続けるつもりでいます。なぜ引っ越さないのか、その理由をお伝えします。条件のわりに家賃が安い、初期費用を払いたくない
お金は健康には代えられないとは申しますが、悲しいかな私は貧乏性です。お金をある程度貯め込んでおかないと不安で仕方のない性格なのです。今より良い物件に引っ越すとなれば家賃が上がり、今の物件の解約金も支払わないといけなくなり、新しい物件の家賃敷金礼金も払わなければなりません。なけなしの貯金がどれだけ吹き飛んでしまうことでしょう。そう思うとどうしても踏み出せません。
さらに、単純に私の賃金はとても安いのです。今の生活水準を保ったままさらに静かな物件に引っ越すとなると、必然的に今よりもずっと家賃が高くなります。すると、真面目な話、月々の生活費が賃金(ボーナス含む)を上回ってしまいます。ご参考までに、以前ツイッターにアップするために作成した私の月々の生活費の円グラフをご覧ください。これでもうギリギリで、貯蓄に回している余裕はほぼありません。
今の賃金では苦しいならば、もっと賃金の高い会社に転職すればいい、と意識の高い人は簡単に言いますが、私には今以上の仕事をこなす体力と気力がありません。かなり無理をすればもう少し難しく賃金の高い仕事もできるでしょう。でも、私はそんなふうに自分を削ってお金を稼ぐより、アフターファイブや休日に自分の趣味に興じるだけの体力気力を残せる今の生活の方が幸せです。つーか、今の仕事のままで給料だけ上げてほしいです。
利便性、防犯性が高い
いくら貧乏性の私でも、家賃が安いだけならさすがにそんな悪環境からは脱出します。家賃以外にも良いところがあるからなんとか住み続けていられるのです。それは、利便性が高いことです。足を怪我したときの記事でも申し上げた通り、私の住んでいるアパートは非常に便の良い場所にあります。
会社までの道のりは短く見通しが利きます。また、その道のりの途中で生活必需品は全て手に入るため、買い物は会社に出勤したついでに済ませてしまい、休日は家でひたすらダラダラするという夢のような生活も実現可能です。面倒臭がりな私のことですから、これ以上不便なところに住んでいたら、怪我をした時点で会社に出勤するのを諦めてニートに逆戻りしていたことと思います。
さらに、アパート周辺は(幹線道路沿いなので当たり前ですが)夜中でもしっかりと街灯が灯っており、車通りも絶えません。例え殺人犯に襲われて殺されても、少なくとも目撃情報くらいは誰かから提供してもらえることでしょう。防犯性もなかなか高いのです。
ヘッドフォンと耳栓である程度緩和できる
この記事は、元はと言えば朝の4時半に隣人のいびきの音で目が覚めて怒りに忘我した状態で書いておりました。「家賃が安い」まで書き上げたところで、いったん会社に行こうと立ち上がったときに私はふと思い出したのです――ただ悄然と騒音を受け入れるだけでなく、道具の力で緩和することもできるではないか、と。具体的には、ヘッドフォンと耳栓を使えばだいぶ楽になります。
実際、足に怪我をする前まではそれら2つを活用していました。ところが、怪我をした直後に耳栓をなくしてしまい、それを買いに行く気力も通販で取り寄せる気力もなく、また、足が不自由な状態なのにヘッドフォンを着けて活動したら危ないだろうと判断して、ヘッドフォンもしばらく使わずにいました。そして、怪我がほぼ治った後もこの騒音対策の神器2種のことをすっかり忘れていたのです。テヘペロ☆
自分の聞きたくない音をヘッドフォンで好きな音楽を流すことで上書きする手法については既にお伝えしました。これに付け加えて、ノイズキャンセリング機能のあるヘッドフォンを使えば、音楽を流さずともヘッドフォンの電源をONにしているだけで周りの音がさほど気にならない程度まで軽減されますし、音楽を流してしまえば完全に私だけの世界に入り込めます。最高です。
耳栓の効能については言うまでもないでしょう。耳に装着すれば、騒音が全く聞こえなくなるわけではありませんが、気持ちの良いそよ風のような音量になります。
なら今後は遠慮なくヘッドフォンと耳栓を使って快適な騒音レスライフを送れよ! こんな記事公開するんじゃねーよ読んで損した! と苦情が飛んできそうなので弁明させてください。
私、そもそも自分の体に何かを装着するのがすごくイヤなのです。なんていうか、縛られてる感じがして煩わしいので。だから、例えばアパートの外では逮捕されないように仕方なく服を着ているけど、アパートに帰った瞬間カーテンを閉めきって全裸になります。これも発達障害特有の「触覚過敏」というやつかもしれません、ていうか発達障害であってもなくてももはや関係ないですよね、私は私の好きに生きますので応援よろしくお願いします。
そんなわけで、ヘッドフォンを着けることにも耳栓を入れることにも結構な苦痛を感じます。それゆえこれらの道具のことを無意識に忘れようとしていたのかもしれません。特に、耳栓は耳の穴に異物を挿入しなければいけないことに相当な抵抗を覚えます。音楽を聴くための道具として、コンパクトで目立たないイヤホンではなくあえてヘッドフォンを選択しているのも同じ理由からです。
まあ慣れればどうにかなるとは思います。事実、怪我をする前まではその2つでなんとか乗り切っていたのですから。でも、なぜ私が慣れなければいけないのか? という葛藤が心中に巻き起こるのです。服などという邪魔臭いものを喜んで着て生活している人々に私が配慮しなければならないことにモヤッとするのと同じでね。あっ、衣服には体を覆い隠す以外にも様々な機能があることは分かったうえで暴論を吐いているのでご承知おきください。
使っているヘッドフォン
ちなみに、ここまでガタガタ抜かすだけあってヘッドフォンにはちょっとこだわっています。私が現在使っているのはaudio-technicaのATH-ANC900BTです(唐突なダイマ)。この騒音だらけのアパートに住むと決まったとき、思いきって購入しました。
ノイズキャンセリング機能が付いているとかハイレグが聴けるとか色々ハイテクな感じですが、最大の特徴はイヤーパッドの着け心地が抜群に良く、長時間着けていてもほとんど違和感がないところです。ただし、イヤーパッドが耳に合うかどうかは個人差があるので、私のように着け心地にこだわる方はネット上の情報だけで決めるのではなく、一度電器屋へ行って試着することをおすすめします。私も電器屋に置いてあったやつを全て試着して選びました。
耳栓はまだ開拓していません。テキトーに飛行機用のものを使っています。そのうちレビュー記事を書くかもしれません。う~ん、このアパート、ブログのネタ提供には事欠かないな。
まとめ
私は聴覚過敏です。それなのに騒音だらけの幹線道路沿いの木造アパートに住むのは命を削るに等しい行為と言えます。しかし、そのデメリットを上回るメリットがあり、また、デメリットを抑える対策も存在するため、しばらくはこの木造アパートに住み続けることになりそうです。
そのうちやっぱり耐えられなくて引っ越すことになるかもしれません。そしたらまたブログのネタが増えるよ、やったねたえちゃん。